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「大宣教命令」

マタイによる福音書28:16-20)

(2020年6月7日)

山口卓也

皆さん、こんにちは。

今日もご覧いただき、ありがとうございます。


マスクが暑苦しくて、ちょっと辛い。そんな時期を迎えました。

どうぞ体調管理をしっかりなさって、お元気にお過ごしください。


多くの不安が押し寄せる中に、今私たちは置かれていますね。
しかし、あなたを愛し、いつも心にかけてくださる。

それが、私たちをお造りになった 神というお方です。


聖書には、「箴言」という書があります。

格言となる言葉が詰まった、宝石箱のような書です。

最初から順番に読まなくても、OKですので、ぜひ開いてみてください。
その箴言5:21にこうあります。


《人の歩む道は 主の御目の前にある。

 その道を主は すべて計っておられる。》


主とは神さまのことです。

皆さんが歩む道。その全部を神さまはご存じです。


コロナウィルスの収束を、誰もが待ち望んでいますね。

ですが、たとえ健やかに晩年を迎えても、90歳や100歳前後で終わってしまう。

これが、私たちの人生ではないでしょうか。

でも、それは決して、ごく自然なことではないんです。


100万回洗っても、効果が変わらない。そんな高機能マスクがあったとします。とても手が出る金額ではありません。

でも、誰かがあなたにプレゼントしてくれました。


それを1回使っただけで、ごみ箱に捨ててしまうなんてあり得ないですよね。

私たちが死を迎えること。これはまさに異常事態なんです。


神さまは、私たちを永遠に生きる者として造られました。

それが肉体の死を迎え、やがて魂さえも滅ぼされようとしている。

これは人が神さまに反抗した、罪の結果なのです。


「神なんか、存在しない。」

「神さま。あなたなんか、いらない。」

神さまを否定して、間違った方向に勝手に進んでいく。

これが、神さまの目から見た最大の罪です。


その結果、死への恐怖が心を支配するようになりました。

そして互いに、「あなたは、存在しない。いらない」と言い合う。

そんな世の中に、私たちは生きています。


もし今、誰かにそう言われている方が、いらっしゃるなら、その言葉を受け入れてはいけません。

生きることを決してあきらめないでください。

神さまは、あなたをあきらめていないからです。


ご自分の元に戻って来たあなたを家族に迎え入れる。

その日が訪れることを今日も切に、待ち望んでおられます。


あなたが、どれほど高価で尊い存在か。人がどう言おうと、あなたをお造りになったお方。

神さまだけは、正しくご存じです。


その証拠が、救い主のイエスさまです。クリスチャンとは、イエスさまの命と引き換えに罪の赦しと、永遠の命をいただいた罪びとなんです。

どうか、あなたも、あなたのために命を捨てたお方。イエスさまを信じる信仰によって、神の家族の一員になってください。


イエスさまからの招きの言葉。

これをあなたがしっかり受け取れるようにと、イエスさまは、なんと2千年前に準備してくださっていたんです。


それが今回の「大宣教命令」です。


【 新共同訳 マタイによる福音書 28:16-20 】

《さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。

 そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。

 イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。

 だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、

 あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」》


十字架で命を捨て、墓に葬られたのち、3日目に復活なさったイエスさま。

そのイエスさまが、

「これこれの山に登りなさい。そこで私に会える」

そう、あらかじめ指示なさいました。


嬉しいニュースって、たちまちシェアされますね。大勢の弟子たちが、山に集結しました。

その中の主なメンバー。側近の11人は、復活のイエスさまとは、すでにほかの場所で面会済み。


ですから当たり前のように、イエスさまの前にひれ伏し礼拝を捧げています。


ところが、それ以外の大勢の弟子たちにとっては、初めてのことです。


「本当にイエスさまなんだろうか?自分の目が、信じられない」

こんな具合に、イエスさまの復活を疑う弟子もいました。


もし今、「まったく理解できない。死者の復活なんて、本当にあるんだろうか?」

そう感じておられるとしても、当然かもしれません。


けれども、イエス・キリストの復活は事実です。

この福音書に記されているのは、イエスさまに実際に出会った弟子。マタイという人間の目撃証言だからです。


彼が、イエスさまを伝えるためなら、命を捨てても構わない。そう考えたほどの価値が、ここにあります。


今は、わからないままでも大丈夫です。どうぞ引き続き、神さまの言葉に耳を傾け続けてください。


そして、イエスさまを信じる皆さん。


「イエスさまが直接語ってくだされば、苦労しないのに」と思われますか?


そうなっても、疑う人は必ず出てきます。

イエスさまの大宣教命令は、神さまの目から見た最善の方法だと思います。


では、命令を聞いた弟子たち。ちゃんと従うことができたのでしょうか?


できたんです。


もし、弟子たちの伝えた範囲が、イスラエルだけに限定されたなら、私がこうしてメッセージを語ることはありませんでした。


ですがイエスさまは、

≪あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい≫。

“すべての民”と言ってくださいました。


だから世界宣教が行われ、私たちの元に福音が届けられたのです。

弟子たちに、特別な力はありませんでした。

でも、イエスさまには、あるのです。


「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。」

イエスさまが言われた“権能”って、あまり使わない言葉ですね。


「ある事柄に関して、確かな権利を持っていること。

そして、その権利を実際に行使する能力を持っていること」


これが、権能です。


イエスさまの権能が及ばない場所は、天にも、地にも、どこにも存在しません。


「それに関しては、私には権限がないから、他を当たってくれ」などと言われることは、決してないんです。


そのイエスさまが、《わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。》と約束してくださったのですから、これ以上の保障はありませんよね。

世の終わりとは、イエスさまが、もう一度この地上に来てくださる日。再臨の日のことです。


それが実現するのは、未来です。

ですから2千年前から続く、大宣教命令のバトン。


それは、今、イエスさまを信じるあなたの手にあるのではないでしょうか?

イエスさまをあなたの救い主として信じ、罪の完全な赦しと、永遠の命をいただいたこと。そして洗礼を受けたこと。

全部、素晴らしい恵みでしたね。


ですが、それもひとつの通過点。

イエスさまの弟子としての歩み。

イエスさまから学び、学んだことを毎日、生活の中で実行していく。

そんな人生の旅は、天の御国に入る日まで続きます。


イエスさまからの愛のメッセージを必要としない人は、ひとりもいません。ご一緒に、届けてまいりましょう。


命令を実行するための力。

それはすでに用意されています。

先週語らせていただいた、聖霊降臨です。

イエスさまを信じる、すべての人のうちには今、神さまの霊、聖霊が住まわれます。


その助けと導きがあるなら、イエスさまの命令に従うことが、きっとできます。


大宣教命令。

これは、すべてのクリスチャンにとって、永遠の価値を持つ務めであると思います。


どうか天地万物の創造者であり、支配者であるお方。

父、子、聖霊なる神さまの恵みが、皆さんの上に豊かに注がれますように。


イエスさまのみ名によって祝福します。


ではまた次週のショートメッセージでお会いしましょう。