2020年06月

YouTubeにムービーをアップロードしました。
こちらから確認できます:
https://youtu.be/WUEltUktFW0


『神が報いてくださる 』


マタイによる福音書10:40-42)

(2020年6月28日)

山口卓也

皆さん こんにちは。

今日もお聴きくださり、ありがとうございます。


梅雨も後半に入って、大雨の心配が出てきました。

急な雨で、服や荷物が濡れてしまった。

そんな時「ヘアドライヤーで乾かそう」と考えたことはないでしょうか?


それは、とても危険です。

火傷を負う。火事になる。こんな例が、珍しくありません。


濡れた服に、吹き出し口を押し当てた。

袖口に、ドライヤーの先を入れて、温風を送った。

こうした本来の目的とは違うことに使ってしまう。

危険と知らずに、想定外の使い方をされてしまう現実。


これを知ったメーカーの方が、「説明書を読んでください」と言っていました。


では、あなたの大切な人生。説明書通りに、正しく歩んでいらっしゃいますか?

「人生に説明書なんて、あるんですか?」とお尋ねでしょうか。


もちろん、あるんです。

あなたをお造りになったお方。

神さまが、聖書を通して私たちに教えておられます。


ですが、多くの方がこの事実を知りません。

どこに向かうのか?それを知らないままに、自分が正しいと思うやり方で、生きておられます。


「彼らは、滅びに向かって突き進んでいる。危なくて、とても見ていられない。」

神さまの目には、そう映っています。


そこで、滅びから救われる道であるお方。

救い主メシアを、私たちの元に送ってくださったのです。


イエスさまが、地上を歩まれた時間は、わずか3年半。

その間に、ひとりでも多くの人に宣教するためには、ご自分の代理人となる働き手たちが、必要でした。

これが12使徒の派遣です。


出発にあたり、彼らに与えた命令や警告の数々。

その締めくくりが、今回の聖書の言葉です。


10:40 「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。

10:41 預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。

10:42 はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」
(マタイ10:40-42)


「あなたがた」とは、もちろん12使徒のことです。

宣教旅行に出かけた先々では、人々から拒否され、迫害される。だから覚悟を決めなさいとの厳しい警告が、与えられていました。


けれども、彼らの話を聞き入れて、イエスさまを信じた人々。滅びから救われて、神さまの元に帰る人々も、ちゃんと起こされたのです。


イエスさまは、ご自分が直接訪問なさった場合と同じ権威と力を12使徒に与えました。


ですから、12使徒を受け入れた人。

その人は、イエスさまご自身を受け入れたことになります。

また、イエスさまをお遣わしになったのは父なる神さまですから、その人は、父なる神さまをも受け入れたことになるのです。

このささやかなメッセージを通して、「イエスさまを信じよう」。

そう決心なさる方が、もしいらっしゃるなら、

あなたは、直接イエスさまからの招きをいただいたのと同じです。


イエスさまを信じ、受け入れたなら、ただちに、罪の赦しと永遠の命が、あなたのものとなっています。


さらにイエスさまの嬉しい約束が続きます。


12使徒は、年も若く、社会的地位も低い、言ってみれば、特別な尊敬を払う必要のない小さな存在でした。


しかし彼らを遣わしたお方は、人間が最高の敬意を払うべきお方。

心からの礼拝と賛美を捧げるべき神なのです。


イエスさまの弟子なのだから、という理由で、彼らをもてなしてくれるなら、必ず報いがある。

そうイエスさまは言われました。


これは、今も生きる約束です。


私自身も、イエスさまの弟子として歩みたい。

イエスさまの福音を、なんとかしてお伝えしたい。

そう願って働いています。

そして、さまざまな方に支えられています。


このYouTubeを始めるにあたっても、わからないことだらけで不安でした。


「誰が、聴いてくれるの?」という言葉も受けました。

でも、とにかくやってみよう。そう、歩み出した時。

神さまの守りと祝福をいただきました。


感想を寄せて、励ましてくださる皆さん。

私にとって、それは魂を潤す、冷たい水です。

「いったい何杯の水を、いただいてきたのだろうか」と、感謝の思いでいっぱいです。


皆さんに、何もお礼はできていません。

ですが、神さまが必ず報いてくださるとの約束に平安をいただいています。


私自身も、いくつかの宣教団体、伝道者の方のサポートをさせていただいています。


支えたり、支えられたり、励ましたり、慰めを受けたり。

こんな風にお互いに仕え合う関係って、それだけで人生を豊かにしてくれる、神さまからの贈り物ではないでしょうか。


その上さらに、報いまで用意してくださる。

しかも、実際に、宣教の現場に立つ人と、サポートする人。「どちらも報いは同じだ」と神さまは言われるのです。


これを実践した人の話が、旧約聖書に登場します。

ダビデという王様です。


まだ王様になる前。

苦しい日々を過ごしていた頃。

部下の兵士たちを引き連れて、外出している間に、ダビデの住む町を略奪者が襲いました。


帰ってみると、町は焼かれ、ダビデの奥さんと子どもたち。そして、部下の奥さんと子どもたち。全員が連れ去られていたのです。

嘆きと苦しみの中から、ダビデは神さまによって立ち上がりました。


そして600人の兵士と共に、略奪対を追跡します。

結果として、何もかも取り戻した上に、家畜の群れまで、戦利品として手に入れることができたんです。


でも猛烈な追跡部隊のスピード。

これに、体力的についていけなかった。

そこで、荷物のそばにとどまっていた。

そんな兵士たちが、200人いたのです。


「一緒に来なかった者には、戦利品の分け前はやれない」

そう言い放つ、意地悪な兵士たちもいました。


けれども、その意見をダビデは退けました。


「そんなことをしてはだめだ。

自分たちを守って、戦利品を与えてくださったのは、

神さまなんだから。

神さまの恵みは、みんなで分かち合おう。

とどまった兵士も、戦った兵士たちも、取り分は同じだ」


最前線に立てなかった兵士たちは、きっと自分を責めていたはずです。

「君たちは、落伍者なんかじゃない。

荷物の番も、立派な務めだ。恥じることは何もない。」


リーダーであるダビデの、思いやりに満ちた判断。

これは、どれほど彼らを慰めたことでしょうか。


イエスさまは、もちろんダビデ以上のお方です。

まことの神であって、その判断には誤りがありません。

驚くほどの恵みが、あなたのために用意されています。


どうぞ、このお方が差し出す救いの御手を受け取ってください。

イエスさまを受け入れるまでは、あなたの魂は、敵に略奪されたのと同じ状態に置かれているのです。


そして、宣教師、牧師、また、ひとりのクリスチャンとしてイエスさまを伝えたいと願う皆さん。

この働きは、人の魂を神の元に取り戻す。

そのための追跡部隊なのです。


部隊には、さまざまな役割があります。

そして同じ報いが、ちゃんとあります。

恵み深い神さまの約束に信頼し、それぞれの働きの場へと遣わされてまいりましょう。

今週も、皆さんの上に神さまの愛が豊かに注がれますように。


イエスさまのみ名によって祝福します。


ではまた、次週のショートメッセージでお会いしましょう。


ご覧いただきありがとうございます。
新型コロナウィルス感染拡大防止の観点から、
場合によっては休会になることもあります。
ショートメッセージを掲載しますので、そちらもご覧ください。

◎ 7月5日(日)10:30~11:20
  メッセージ「イエスの招き」 
  メッセンジャー:山口卓也(川崎教会)  
 
【聖書】 マタ 11:16-19&25-30(新20)

【讃美歌】
     55“きょうはひかりを”、242“なやむものよ”、
     

◎ 7月12日(日)10:30~11:20  
  メッセージ「「み言葉」を聴く恵み」 
メッセンジャー:山口卓也(川崎教会)

【聖書】 
マタ 13:1-9&18-23(新24)

【讃美歌】
     55“きょうはひかりを”、242“なやむものよ”、
     

◎ 7月19日(日)10:30~11:20 
 メッセージ「毒麦から麦へ」 
メッセンジャー:松川和義(大船教会)

【聖書】 マタ 13:24-30&36-43(新25)    【讃美歌】461“主われを愛す”、 234A“昔主イエスの”
      
 
◎ 7月26日(日)10:30~11:20  
 メッセージ「神の報い」
メッセンジャー:山口卓也(川崎教会)

【聖書】マタ 13:31-33&44-52(新25)
 
 【讃美歌】461“主われを愛す” 、234A“昔主イエスの”
  
※聖書、讃美歌は教会に備え付けのものがあります。


ご覧いただきありがとうございます。
新型コロナウィルス感染拡大防止の観点から、
場合によっては休会になることもあります。
ショートメッセージを掲載しますので、そちらもご覧ください。

      
 
◎ 6月28日(日)10:30~11:20  
 メッセージ「神の報い」
メッセンジャー:山口卓也(川崎教会)

【聖書】マタ 10:40-42(新19)  【讃美歌】385“うたがい迷いの”
     291“主にまかせよ”、

※聖書、讃美歌は教会に備え付けのものがあります。


YouTubeにムービーをアップロードしました。
こちらから確認できます:
https://youtu.be/0PKxxokrznc


『イエスを恥としない 』


マタイによる福音書10:24-39)

(2020年6月21日)

山口卓也

皆さん、こんにちは。

今日もご覧いただき、ありがとうございます。


移動の自粛要請が解除されましたね。

今までためらっていた旅行にお出かけになる方が、いらっしゃるかもしれません。


今回の聖書は、イエスさまが12使徒たちにお与えになった“旅のしおり”です。


イエスさまは、12人の弟子をご自分の代理人として、各地に派遣しようとなさいました。


この宣教の旅。私たちが楽しむ観光旅行とは違います。

当時は、旅行そのものが、危険でした。その上、12使徒の訪問を歓迎しない。かえって、迫害しようとする者たちが、待ち構えていたのです。


そこへ、あえて派遣するのですから、当然、厳しい警告の言葉が連発します。




【 新共同訳 マタイによる福音書 10:24-39 】

弟子は師にまさるものではなく、僕は主人にまさるものではない。

 弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。家の主人がベルゼブルと言われるのなら、その家族の者はもっとひどく言われることだろう。」

 「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。

 わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを、屋根の上で言い広めなさい。

 体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。

  二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。

 あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。

 だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」

  「だから、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す。

  しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、わたしも天の父の前で、その人を知らないと言う。」

 「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。

 わたしは敵対させるために来たからである。人をその父に、/娘を母に、/嫁をしゅうとめに。

 こうして、自分の家族の者が敵となる。

 わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。

 また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。

 自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」


いかがでしょうか?

日ごろ聖書に親しんでいる方でも、戸惑を覚えるのではないでしょうか。

特に34節。

《「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。」》


なんだか、イエスさまのお言葉とも思えないとびっくりしますね。

イエスさまのイメージは平和とか、愛ではないでしょうか。


私が、子どもたちに聖書の話をする時。

「イエスさまは、優しい神さまですよ。みなさんのことが、大好きなんですよ」


そう教えていますし、事実その通りです。


イエスさまが、厳しい言葉を使われた理由。

それも、イエスさまが優しくて、愛の配慮に満ちたお方だからなんです。


この旅のしおりは、直接的には12使徒に向けたものです。

ですから、この時だけに限定された教えも、当然あります。


でも、時代を超えて、現在も有効。そんな教えも満載です。


イエスさまは、多くの奇跡という証拠を示して、ご自分がメシアであることを教えてくださいました。

でも、結果として、当時の人々を真っ二つに分けることになりました。

イエスさまを信じる人と、拒否する人です。


特にひどい拒否。それが宗教的リーダーたちの公式発表です。


「イエスが、すごい奇蹟を行えるのは、メシアだからじゃない。悪霊の親玉の力を使っているからだ」


こう言って侮辱した上、イエスさまを葬り去ろうと企みました。

12使徒たちは、そのイエスさまの代理人なのです。

同じ苦しみの道が待っているのは、当たり前。

イエスさまは、それを覚悟するようにと警告しました。


人間は、不意に起こる災害、思いもかけない攻撃にとても弱いですね。

だからイエスさまは、正しい情報を与えて、備えをさせてくださったのです。


さらにイエスさまは、「恐れるな」と何度も言われました。なぜなら、守りがちゃんと保証されているからです。


人間に比べたら、無価値に等しい。そんな雀の一匹さえ、神さまは、その一生を心に留めてくださいます。

私は、自分の髪の毛の本数を知りませんが、神さまはご存じです。


その全知全能の神が味方なのだから、人を恐れる必要はない。そうイエスさまは言われるのです。


あなたは、いかがでしょうか?


「イエスさまを信じました。洗礼を受けます。」

そう言った時、家族に反対されたかもしれません。友人に馬鹿にされたかもしれません。


とても辛いご経験でしたね。


では、どうするか?

人によっては、祈りつつタイミングを待つという道もあるかと思います。


でも、あなたが一番愛するもの。

畏れ、敬うべきなのは、どんな場合も変わることがありません。


それは家族でも、友人でもありません。

あなたの魂とからだをお造りになったお方。神、ただおひとりです。


人が、あなたをどれほど攻撃しても、魂にまでは手が出せません。


ですが、神さまは≪魂も体も地獄で滅ぼすことのできる≫お方です。


イエスさまは、神として、ただちにそうする権利をお持ちでした。でも、選ばれたのは苦しみの道だったのです。


私たちを救おうと、神としての栄光を捨てて人となられました。

そして、私たちが受けるべき罪の刑罰を全部ご自分が、引き受けてくださったのです。


十字架刑とは、囚人に恥をかかせ、見せしめにする刑です。

イエスさまも、これ以上ないほどの侮辱を耐えてくださいました。


そして、その先に待っていたのは、栄光の復活です。

イエスさまを信じる信仰者にも、同じ復活の命。

永遠の命が与えられています。


仮に、イエスさまのためにすべてを犠牲にしたとしても、実際には、失うものなど、なにひとつない。


それどころか、この世の宝を全部差し出しても、絶対に手に入らない。永遠の命という宝。

神さまの子どもという身分。


イエスさまを信じる人は、すでに持っています。

これほどの愛と恵みを知ったなら、どうして、イエスさまを恥じることなどできるでしょうか。


 「でも、やはり人の反応が気になってしまう」

あるいは、

「クリスチャンであるとは、人に言えない。イエスさまから、あなたのことなど知らないと言われてしまうのじゃないか」


そう気に病んでいる方が、いらっしゃるかもしれません。


 ですが、イエスさまからの警告をしっかりとその耳で聞いたはずの12使徒。

その一人であるペトロでさえ、イエスさまを知らないと、3度も言ってしまいました。


その後、彼はどうしたでしょう。

イエスさまは、彼を赦しました。そして、大切な使命を委ねてくださいました。


赦された喜び、変わらない愛への感謝。

それが、彼をもう一度立ち上がらせたのです。

恐れを捨てて、立ち上がる時が、今、あなたにも訪れているのではないでしょうか。


イエスさま以外に、救いの道はありません。


救い主、イエスさまを人に紹介すること。つまり宣教とは、滅びに向かう魂を神さまの元に連れ戻す働きです。


この他に比べようもない尊い働き。価値ある務めをイエスさまは、私たち人間に委ねてくださいました。


このお方の愛と恵みと力とが、皆さんの上に、豊かに注がれますように。


イエスさまのみ名によって祝福します。


ではまた、次週のショートメッセージでお会いしましょう。




ご覧いただきありがとうございます。
新型コロナウィルス感染拡大防止の観点から、
場合によっては休会になることもあります。
ショートメッセージを掲載しますので、そちらもご覧ください。

◎ 6月21日(日)10:30~11:00 
 メッセージ「命の源」 
メッセンジャー:山口卓也(川崎教会)

【聖書】 マタ 10:24-39(新18)  【讃美歌】385“うたがい迷いの”、291“主にまかせよ”
      
 
※聖書、讃美歌は教会に備え付けのものがあります。


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